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生命・身体への危害の未然防止

それでも、個人では守りきれない生命・身体への危害防止もあります。これを防ぐのは政府の仕事です。二〇一一年の東日本大震災とともに起きた原発事故は、いまだに被災地に大きな爪痕を残しています。個人のセキュリティに対する意識は年々高まっていて、警備会社に家の管理を頼む人や防犯カメラを設置するマンションも増えていますが、原発事故のような個人の責任では負いきれない安全については政府がすべきです。生命・身体への危害は、原状回復がほぼ不可能といっていいからです。

ところがここに難しい問題があります。薬は、生命・身体のまさに薬なのですが、服用を間違えると危害を及ぼすことがあります。お酒は百薬の長といいますが、過ぎれば毒になるのと同じです。二〇一三年に、薬のネット販売に関して、画期的というか当たり前の判決が最高裁から出されました。かいつまんで言うと、薬事法の改正に伴って改正された省令で市販薬のネット販売を禁止したのは、政府の権限の範囲を超えているので違法である、という判断です。つまり禁止以前の状態に戻って、市販薬はネット通販で買うことができるようになったという判決です。

こういった規制は割賦販売法にもあります。個人信用情報のファイアウォールによく似ています。法律の範囲を超えているかどうかは別として、担当課の判断で一つの政策が実現してしまったからです。法律に付随する省令は正確には「施行規則」といい、法律が国会で決まるものに対して、大臣の決裁で決まるものです。担当大臣は所管の省のたくさんある法律のすべてを熟知しているわけはなく、省令は担当課が決めれば実質的に決まってしまう性格のものです。それが国民に生活に著しく影響を及ぼすとしたら、極めて危険なことです。

法を執行する役目の行政官が法律まで作ってしまうのですから、異常な事態といっても過言ではないかもしれません。しかもネット販売がダメとはいいながら、配置薬についてはそのまま販売が続けられました。対面しない販売方法を禁止するというのなら、なぜ配置薬がいいのか理解できません。こんにゃくゼリーが危険でなぜ餅が危険ではないのか、といった議論に似ていますが、このように政府の規制というものは広げようと思ったらいくらでも広がるものなのです。

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未然防止か事後救済か②

国民は税金を払っている主権者ですから、自らの主権を侵されるようなことがあったとしたら主張するのは、当然の権利です。ところが、それは言葉を選ばずに言うと、一方的に「あんたが悪い」と非難しているようなことも多々あるような気がしてなりません。先に挙げた子供が親のクレジットカードを使った事例や、妻名義のクレジットカードを使っていた夫が家出して支払いが妻に残った、といった事例のような場合、名義が違うカードを他の人が使える情況を許していること自体が悪い、と指摘されることがよくあります。

でも、それらは家族や夫婦の問題がクレジットカードの問題にすり替わっているだけで、クレジットカードの問題の本質とは言えません。交通事故や身体に影響を及ぼすような事故の防止には、もちろん高いコストがかかりますが、こんにゃくゼリーやライターの問題のように、身近にいる人が気をつけていれば起こらなかった事故もあるはずです。こういった事件が起きると、必ずといっていいほど行政の規制に疑問が投げかけられます。

そして、行政が対応を決めて新たな規制が生まれます。権利の主張といえばそれまでかもしれませんが、一つの規制が生まれるまでには、勝手に担当の大臣が決めるわけではなく、担当の課が法案を書き、審議会を開いて、その上で国会に諮るのが定番のルートになっています。見えにくいコストとはいえ、それは確実に国民に跳ね返っているのです。

未然防止か事後救済か①

明治維新までの日本語には、英語の「right」に対応する言葉がなく、「権利」は訳語として作られたものです。作ったのは福澤諭吉だそうです。当時は「権理」と書いていましたが、現在では「権利」と書きます。明治維新からもうすぐ一五〇年になろうとしていますが、日本人に本当の権利意識は根付いているのでしょうか。『日本人の法意識』(川島武宜、岩波新書)で読んだ話ですが、権利意識の高いドイツでは、優先道路と非優先道路があるとすると、優先道路を走っている車はなんら注意をせずに普通に走るそうです。

事故があった場合は、優先道路を走っていた車は過失相殺を問われることもなく、非優先道路を走っていた車が一〇〇%悪いことになります。似たような話は、ヨーロッパの他の国でも聞いたことがありますから、今でも同じ状況だと思います。わが国でこのようなケースがあると、いくばくかの過失相殺があるので、優先道路を走っていたとしても無罰に終わることはありません。

何故このように対応が違うかというと、これは国民性という言葉以外に説明のしようがありません。それどころか、信号を設置していなかった行政が悪い、となりがちです。人が池に落ちる事故が発生すると、柵がなかったのが悪い。こんにゃくゼリーを食べて死んだら、メーカーが悪くてそれを指導しなかった行政が悪い。ライターをいたずらして火事が起きたら、メーカーが悪くてそれを指導しなかった行政が悪い、といくらでも過失を問う材料を挙げることができます。

デビットカードとクレジットカードの消費者保護②

ほとんど同じような経済効果を消費者にもたらす二つのカードの消費者保護規定が不整合というのは違和感があります。銀行とノンバンクの消費者対応の仕方は、そもそも文化的ともいえる違いがあるので、法律で埋めるのであればしっかりと埋めておくべきです。良し悪しは別にして、銀行がノンバンクの領域に入ってきた以上、ノンバンク関連の二法を統一して「統一消費者信用法」に整理統合することは重要です。さらに近隣に存在する銀行も、対消費者取引の分野は、その枠組みの中で整理した方が消費者にとってもわかりやすいものになるのではないでしょうか。

消費者目線といいますが、これほど複雑な法体系が存在すること自体が消費者目線ではないと言わざるを得ません。ただし、この複雑な法体系の裏をかくようなこんなシステムが出てきたら、もっと加盟店も消費者も幸福になれるかもしれません。ほとんど使われる場面を見たことがない「Jデビット」ですが、クレジットカードに比べると加盟店手数料はかなり安くなっています。それをもっと利用しやすいように、キャッシュカード流用型ではなく専用のカードを発行し、加盟店手数料を上げ、その分は人気のあるポイントやマイレージに還元する。それでも加盟店手数料はクレジットカードよりも安く、カードホルダーにも有利な分配ができるはずです。

リボが必要な人には預金口座の貸し越し機能、もしくはカードローンを提供します。貸すのは銀行ですから貸金業法の規制対象にはならないし、割賦販売法で規制することも困難です。Jデビットがこのように衣替えすれば、わが国の決済環境は劇的に変化するはずです。銀行の景品規制は厳しいのですが、もし実現すれば、加盟店にも消費者にも有利な環境が整います。また、消費者の信用度に応じた与信も可能になります。最上位の人はJデビットを使い、銀行に取引してもらえない人はクレジットカードが担当し、カード会社も難しい人には貸金専業者が対応する。信用度に応じた与信システムは理想ですが、こういった棲み分けがあってもいいと思います。

デビットカードとクレジットカードの消費者保護①

同じビザのマークがついているだけですから、手にしてビザのデビットカードとクレジットカードの違いがわかる人は、こういった問題にかなり知識を持った人です。加盟店で判別される必要性はまったくありません。加盟店では、端末を通したときにオーソリゼーションが取れれば何も問題はないからです。利用者は、毎月分をまとめて決済する選択肢と、その都度決済する選択肢のどちらを選んだかはわかっているので、どちらを選ぶかは利用者の責任です。

しかしカード情報が流出すると、複雑な問題が起こります。クレジットカードは、二〇〇八年改正の割賦販売法でその情報保護が新設規定として盛り込まれましたが、そこで規定しているのは割賦販売法第2条の定義にはない一括払いのクレジットカードまでです。第35条の36がその規定ですが、第2項に「二月払購入あっせん」という聞いたことのない取引が書かれています。割賦販売法は、すでに書いたとおり定義に該当する取引だけを規制する仕組みになっています。それは特別法としては当然の作り方で、規制が必要以上に広がらないための対応です。

クレジットカードの一括払いは、利用日によっては割賦販売法の定義に該当することもありますが、たいていの一括払いは法律の適用外です。そこで第35条の36という規定の中で、「二月払購入あっせん」を定義づけすることによって、一括払いのカードであってもカード情報の保護の対象にしようとしました。この定義に書いてあるのは「商品を購入する契約を締結したときから二月を超えない範囲内においてあらかじめ定められた時期までに受領することをいう」だけで、デビットカードも対象になりそうにも読めます。

ただし、この条文の表題は「クレジットカード番号等の適切な管理」ですから、デビットカードはやはり想定していないようです。もしデビットカードの情報が流出した場合は、この規定は及ばないのです。デビットカードでネット通販を利用できる場面はそれほど多くないし、暗証番号での利用に限定され利用の都度メールを送るなど防御にも工夫がこらされているので、仮にカード番号が流出したとしても、クレジットカードのように簡単に利用できるわけではありません。

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